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2011年3月12日 (土)

帰宅出来ず・・・東北地方太平洋沖地震

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築年数がかなり経っているビルの6階にある

耳鼻科のロビーで薬を待っているときに

この大地震に遭遇しました。

『 怖い! 』

言葉が口から飛び出て床にひざまずきました。

壁にかかっている何枚もの絵が大きく揺れ続けました。

大きく揺られ続けられながら

夫の安否が心配で心配で心配でたまりませんでした。

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花粉症患者等でにぎわっていた耳鼻科は

緊張感ではちきれそうで

泣き出す女の方もいらっしゃいました。

身の危険身の覚悟を長時間にわったって感じさせられました。

先生 看護士さん 受付のかたたちは

御自身もさぞや怖かったでしょうに

患者さんたちを守ろうとした動きをされておられました。

とても御立派でした。

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揺れがおさまりしばらくして薬が出されました。

エレベーターは止まっていたので階段で降りました。

受付のかたが心配そうに

エレベーターのところまでお見送りしてくださいました。

そしていつものように

『 さようなら 』 と挨拶を交わしてくれました。

本当なら仕事など終えてすぐにでも

連絡したいところがあるでしょうに

一刻も早くビルから抜け出して

帰宅したいでしょうにと思うと

怖かったのも合わさって 先にこの場を後にして

『 すみません 』 と涙が出てしまいました。

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電車が止まっていたので2駅歩いて家に帰りました。

何度も何度も連絡をとろうと試みても

なかなかなかなかつながらない夫の携帯電話。

胸がつぶれる寸前でやっとつながりました が

電車が動かず帰ってくることが出来ず

仕事先で泊をとることとなりました。

帰宅難民というやつです。

漠然と脳裏に描いたことはありましたが

こんな日が本当にくるとは思いませんでした。

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そして我が家からほど近い夫の実家に

電話をいれてもつながらないので心配で様子を見に行くと

身の安心は喜ばしいことだったのですが

水道がストップとなっていました。

2011年3月11日金曜日14時46分

国内観測史上最大マグニチュード8・8

宮城北部震度7

『 東北地方太平洋沖地震 』

震源地から離れているのに

徳島の私の実家も大津波警報で油断出来ない状態。

日本全国が油断できない大地震

『 東北地方太平洋沖地震 』

取り急ぎ

夫の留守のこの家で

このあまりにもな大災害を

綴っておかなければと記載しました。

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